広島県江田島市には三高山、別名「砲台山」と呼ばれる山がある。山頂付近に戦争の名残として砲台の設置跡が残されているのが由来だ。
三高山の砲台は明治31年、ロシアのバルチック艦隊の入港を阻止する目的、広島湾一帯に設けられた複数の防衛拠点のひとつとして完成した。建設には約2年を要し、瀬戸内海の広範囲を見渡す視界と射程の確保を前提として配置されている。本施設の目的は、実際の交戦に限らず、「常に射撃可能な状態を維持すること」にあった。しかし、この場所から砲弾が発射されることは一度もなかった。
現在、この場所には兵器も人員も存在しない。残されているのは、機能を失った構造体と、それを取り巻く自然環境である。コンクリートの表面は風化し、ひび割れや苔が広がっている。これは単なる劣化ではなく、時間経過を我々に見せてくれる存在だ。建設当時、これらの構造物は極めて人工的で異質な存在だったはずだが、現在では周囲の地形や植生と緩やかに同化しつつある。
現地に立つと、二つの感覚が生じる。
ひとつは、使用されることなく残された構造物に対する寂しさ。
もうひとつは、それが使用されなかったことに対する安堵である。
この砲台は、何も起きなかった時間のために存在していた。
残されているのは、その結果である。
三高山砲台跡
〒737-2314 
広島県江田島市沖美町美能
車:宇品港からフェリ-約40分三高港・三高港から登山道入口まで約5分 
公共機関:三高港からバス約15分の亀原下車

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